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お知らせ

2023.9.4

成果

JAXAとの共同研究により、Nrf2が宇宙ストレスによる炎症・血栓形成を抑止することを発見した論文がCommunications Biology誌に掲載されました

 東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)と宇宙航空研究開発機構(JAXA)よる共同研究で、当センターの山本 雅之教授(センター長特別顧問、東北メディカル・メガバンク機構長)、清水律子教授(クリニカルフェノームグループ)、勝岡史城教授(クリニカルシークエンスグループ)、鈴木未来子准教授(遺伝子変異検証グループ)らが執筆した、Nrf2が宇宙ストレスによる炎症・血栓形成を抑止することを発見した論文が、Communications Biology誌に掲載されました。

 

 宇宙放射線や微小重力などの宇宙環境ストレスに対する生体応答の詳細とその制御のメカニズムを解明することは、今後大きな発展が予想される、長期の宇宙飛行・滞在における健康維持のために非常に重要です。転写因子Nrf2は酸化ストレスを軽減する一群の酵素や、毒物を解毒処理するための酵素群の遺伝子の発現量を増加させ、生体防御に貢献していることが知られています。

 東北大学チームは、JAXA「きぼう」利用フィジビリティスタディに応募・採択され、 2018 年から第3回小動物飼育ミッション(MHU-3)を実施しています。同ミッションでは、国際宇宙ステーション(ISS)日本実験棟「きぼう」においてNrf2 遺伝子ノックアウトマウスを約1ヶ月間飼育し、世界で初めて遺伝子ノックアウトマウスの宇宙滞在と全員の生存帰還に成功しました。

 本成果をもとに、同チームでは、宇宙ストレスに対する生体応答・反応とそれを支えるNrf2の役割を詳細に解析し、1) 宇宙滞在により白色脂肪細胞サイズが肥大化するが、Nrf2遺伝子欠失マウスではその変化が軽減すること(Suzuki T et al. Commun Biol, 2020)、2) 打ち上げ前、宇宙滞在中、地球帰還後の33時点において血中代謝物量はダイナミックに変化するが、Nrf2遺伝子欠失マウスではその変化が緩和されること(Uruno A et al. Commun Biol, 2021)、血圧や骨の厚みを調節する腎臓の働きが宇宙ストレスにより変化するが、その調節を司る遺伝子発現がNrf2の有無で影響を受ける場合と受けない場合があること(Suzuki N et al. Kidney Int, 2021)などを見いだしています。これらの発見から、宇宙滞在で生ずる身体変化や宇宙ストレスに応答する生体防御に、Nrf2が貢献していることが理解されました。

 今回、ToMMo(INGEM兼務)の清水律子教授、JAXA、および筑波大学の研究グループでは、あらたにMHU-3マウスの骨髄組織における遺伝子発現解析を実施しました。さらに、同マウスの血液学的解析を実施するとともに、既に宇宙生命科学統合データベースibSLSで公開されている肝臓や末梢組織、脾臓における遺伝子発現解析データも併せた総合的な解析を実施し、宇宙滞在が肝臓からの凝固線溶系遺伝子発現を亢進させるとともに、血小板寿命短縮の指標となる血小板サイズも増加させていることを発見しました。これは、宇宙滞在により凝固線溶系が活発となり、血小板がどんどん消費されていることを示しています。

 さらに本研究では、宇宙に滞在することで、造血組織において赤血球系造血にかかわる遺伝子のみならず、免疫系遺伝子の発現が顕著に低下すること、一方、末梢組織での炎症マーカーとなる遺伝子の発現が顕著に増加することを見いだしました。炎症や免疫応答による刺激が血液凝固反応を誘導することはよく知られていますが、今回の宇宙マウスの解析から、宇宙環境ストレスが炎症や免疫応答を変化させ、その結果として、微小血栓が形成されやすい状態を惹起していることが理解されました。

 興味深いことに、血小板サイズの増加、肝臓の凝固線溶系遺伝子発現の亢進、造血組織での免疫系遺伝子の発現低下や末梢組織での炎症マーカー遺伝子の増加など、宇宙滞在で惹起される一連の変化は、Nrf2 遺伝子欠失マウスでさらに助長されていました。即ち、Nrf2が宇宙ストレスにより惹起されるこれら症状を軽減する働きがあるということが実証されました。

 

書誌情報

タイトル:Nrf2 alleviates spaceflight-induced immunosuppression and thrombotic microangiopathy in mice.
「Nrf2 は宇宙飛行で引き起こされる免疫低下と血栓性微少血管障害症を軽減する」

著者:Ritsuko Shimizu, Ikuo Hirano, Atsushi Hasegawa, Mikiko Suzuki, Akihito Otsuki, Keiko Taguchi, Fumiki Katsuoka, Akira Uruno, Norio Suzuki, Akane Yumoto, Risa Okada, Masaki Shirakawa, Dai Shiba, Satoru Takahashi, Takafumi Suzuki & Masayuki Yamamoto (清水律子、平野育生、長谷川敦史、鈴木未来子、大槻晃史、田口恵子、勝岡史城、宇留野晃、鈴木教郎、湯本茜、岡田理沙、白川正輝、芝大、高橋智、鈴木隆史&山本雅之)

掲載誌:Communications Biology

公開日:2023年8月25日

DOI:10.1038/s42003-023-05251-w